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column 京都「人生がラク」になるイイ話

「容姿の悩み」を一発逆転!
京都“紅葉狩りの穴場スポット”とは?

やっぱり「見た目」は大きいかも

 「人間、見た目じゃない」なんて言うけれど、容姿が及ぼす影響は大きいもの。たとえば、こんな時は「やっぱり見た目が一番だなぁ」と思ってしまいます。

1.イケメンの同僚と得意先にプレゼン。成約の電話は、なぜか、同僚にかかってきた。
2.合コンに出席。でも、人気はかっこいい友人に集中。自分は全然モテなかった。
3.スーツを新調。「似合っていますよ」という店員の顔が嘲笑って見えた。

 こんなことがあると、つい「なぜもっと、カッコよく生んでくれなかったんだ!」と、親を恨みたくなってしまいます。「いやいや、人間は中身だよ」なんて言われても空しいだけで、「自分は一生、損するばかりだ」と投げやりになってしまいます。

 しかしそれは、あなたが「自分を美しく見せる技術」を知らないだけかもしれません。

 そこで今回は、鮮やかな友禅染の歴史と技から、「カッコよくなる技術」を学びたいと思います。メッセージをくれるキースポットは、京都市東山の浄土宗総本山「知恩院」の名園「友禅苑」。京都紅葉狩りの穴場スポットともいえる場所で、今、まさに見ごろを迎えています。

 美しい紅葉にうっとり見とれながら、あなたも「カッコいい人」になりましょう。

今、まさに見ごろの友禅苑(写真「京もよう提供」)

最高の美を見せるために、地味な日々をつくる

 「友禅苑」は、1954年(昭和29年)、国宝・知恩院三門の南に、友禅染の始祖・宮崎友禅翁の生誕300年を記念して造園された庭園です。宮崎友禅が江戸時代中期、知恩院の近くで扇面絵師として活躍しながら「友禅染」を生み出した歴史にちなんで、京都の染色業界の人々が知恩院の一角に作ることを決めたそうです。

 実は私は20年ほど前、友禅苑を訪れたことがあります。京都の着物団体の仕事で、友禅染ゆかりの「友禅苑」を舞台に、着物をPRする記者発表会を仕掛けたのです。そのとき主催団体におられた京友禅の専門家が、友禅苑に込められた意味について、私に教えてくれました。

 「友禅苑は、友禅染の精神を表した庭園なんや。普段は地味やけど、秋には見事な紅葉に染まって最高に美しい姿を見せる。その時のために他の季節は静かで目立たないよう作られている。いつもキレイやったら、最高の美なんて分からんからな」

 最高の美を見せるために、地味な日々をつくる……この話は私の脳裏に焼き付きました。

 そう言われてみれば、私が訪れた夏の友禅苑は決して派手とはいえませんでした。苑内は、東山三十六峰に連なる華頂山を背景に、東山の湧き水を引き入れた庭園と枯山水の庭園とで構成され、入り口には有名な彫刻家・高村光雲作の観音像がたたずむ「補陀落池」が広がっています。どこから見ても厳かな雰囲気に包まれた素晴らしい庭園ですが、人目を引く派手さなどはなく、夏の苑内はただ深い緑に包まれていました。

普段の友禅苑

 そのうえ当時、友禅苑は非公開庭園だったのです。記者発表会のために特別に入苑させてもらったのですが、一般には、最高に美しくなる秋や限定された期間にのみ公開される“秘められた名園”でした。

 現在は、いつでも入苑できる有料の公開庭園になっており、春にも桜が楽しめるそうですが、やはり普段は以前と変わらない厳かで静かな庭園です。もし“わかりやすい美”を目指すなら、苑内に季節ごとの花を植えて、桜、アジサイ、藤、つつじ……といった演出を施すことも可能なはずです。しかし、友禅苑は常時公開された後も以前と変わらず、友禅染の精神を貫いているように見えました。

 なぜ、それほどに“最高の美”を際立たせるのでしょうか。私は早速、友禅染の歴史を調べることにしました。

贅沢が禁止された時代に「友禅染」デビュー

 友禅染は、始祖の宮崎友禅翁の名前にちなんだものですが、宮崎友禅翁は染色家ではなく、元禄時代に活躍した扇絵師でした。なぜ、扇の絵を描いていた友禅翁が「友禅染」を始めるに至ったのか、ちょっと不思議ですが、その背景に、1683年(天和3年)、五代将軍・徳川綱吉が発令した「奢侈(しゃし)禁止令」(贅沢を禁じる令)があったことを考えると理解できます。

 五代将軍・綱吉の時代といえば、平和が定着し、華やかな元禄文化(1688~1702年)を生み出した心豊かな時代です。武家だけでなく、商人や町人も、小袖(当時の着物の通称)を着ておしゃれをするようになっていました。その様子を見て、身分制度の見直しと徹底が必要と判断されたのでしょう。綱吉は、庶民に贅沢を禁じるとともに、呉服屋に対して小袖にぜいたく品(金紗・刺しゅう・絞り)を使用することを禁じ、町人に対しては絹以下、下女・端女は布か木綿の着用を命じたのです。

 この御法度に、おしゃれを楽しんでいた女性たちが不満を持ったことは容易に想像できます。当然、呉服屋に「これから地味な着物ばかり着るなんてイヤよ。なんとかならないの?」と詰め寄ったことでしょう。お客様のニーズに答えなければならないのは、昔も今も商売の基本です。呉服屋は「なんとか、刺しゅうや金箔に代わる装飾はできないか」と試行錯誤を繰り返したようです。

 そんな折、宮崎友禅翁が扇に描いていた色鮮やかな絵に、白羽の矢がたちました。綱吉が禁じたのは刺しゅうや箔を使うこと。「絵を描くこと」や「染色」は禁じられていませんでした。

 というわけで、宮崎友禅翁は京の呉服屋から「小袖にも、そんな鮮やかな絵が描けないか」と打診を受け、着物のデザインとして鮮やかな絵を描き始めました。こうして友禅翁が描く絵に染められた「友禅染」が誕生したのです。

友禅苑にある宮崎友禅翁の銅像

友禅染が、染物の代名詞に

 かくして、友禅翁が描いた色鮮やかな絵に染められた着物は、女性のハートをガッチリつかみました。刺しゅうも箔を施すことも禁じられていた中で、色鮮やかな絵が描かれた着物が人気を集めたのは、当然ともいえるでしょう。

 一方、友禅翁は人気が高まると、着物に描く絵を紹介した「友禅ひいなかた」「余情ひなかた」という絵柄集を出版します。これが人気を集め、友禅染は全国に広がっていきました。

 その後、友禅染はすっかり定着した感がありますが、京都産業大学日本文化研究所紀要第20号「宮崎友禅翁と友禅染」には、以下のように書かれています。

友禅翁の名前にちなみ、現在では「友禅染」という名称が、広義では「キモノの染物全般」を、狭義では「挿し彩色」を指して用いられることが多い。(京都産業大学日本文化研究所紀要 第20号「宮崎友禅翁と友禅染」より引用)

 友禅染は、着物の染物全般を友禅染と表現するほど浸透したということです。これも、派手な装飾を禁じたという歴史背景があったからこそかもしれません。もし、豪華な刺しゅうや艶やかな金箔で仕立てられた小袖があふれていたら、どんなに色鮮やかな染物でも注目されなかったことでしょう。というより重厚な刺しゅうが当たり前だったら、染めものは薄っぺらに見えたかもしれません。

 友禅苑で聞いた「最高の美を見せるために、地味な日々をつくる」という友禅染の概念は、この歴史に裏付けられているように思いました。

友禅染(京友禅)

「くっきり鮮やかに」が美しく見せるポイント

 ところで、この友禅染、最も特徴的なのは「くっきり鮮やかに染める」ということだそうです。実際に日々、京友禅染(京都の友禅染)を行っておられる工房のインターネットサイト「きものさんぽみち」の「着物辞典」には、友禅染について以下のように解説されています。

友禅染の特色の一つで有る、模様に白い輪郭線は、防染のために、線状に糸目糊を置いた事によって出来た線です。この糸目を置く事で模様の色が、はみ出したりせず、くっきり鮮やかに染められます。糸目糊の内側に、模様を描き(色を挿し)、一旦蒸し、蒸気による加熱で色を定着させます。その模様の上全体に糊置き(伏せ糊)をし、模様と地色が混ざらない様に防染してから地色を染めます。輪郭や模様の上に糊を置くという技術によって、友禅染の豪華・華麗・細密で自在な絵柄を持つ衣装が出来あがったのです。(京友禅染の花工房サイト「きものさんぽみち」の「着物辞典」より引用)

 つまり、友禅染の美しさは、赤色、黄色、青色などがそれぞれの場所で鮮やかに発色するように、模様の輪郭を糊で抑えることで「くっきり鮮やかな模様」を染め上げるという技法により生み出されているのです。

 ここまで調べて、改めて「友禅苑」を見てみました。先ほどの私が撮影した写真と、こちらの写真とを見比べてください。普段は厳かな雰囲気が漂って言いますが、11月末は真っ赤な紅葉に彩られます。それぞれの色がクッキリ鮮やかに発色するということが、いかに大切であるかが分かります。

秋の庭園(写真「京もよう」提供)

自分をクッキリ鮮やかに演出してみよう。

 この技法、私たちの生き方にも生かせそうな気がしてきました。いつも地味だらけの日々を送っているなら、刺しゅうや箔が禁止された時代に登場した友禅染のように、注目を集める背景は、十分、整っています。その中で自分の色をクッキリと鮮やかに見せることができたら、周囲は目を見張るでしょう。そして、美しい自分を見せることができるかもしれません。

 ちょっと試してみましょう。

 まずは、友禅染の技法を応用するためには、着物を着る時のように姿勢を整えなければなりません。友禅染がキレイに見えるのは、シャンとした姿勢で着る着物だからこそです。

 地味すぎる日々に疲れて「どうせ、自分はダメなんだから」と諦めていると、自然と猫背になってしまうもの。これを機に背筋をピンと伸ばしましょう。壁に体をあてたら背筋が伸びた姿勢がわかるので、その感覚を保ちながら歩いてみましょう。すると胸筋が開き、自然に胸を張るようになります。当然、見える景色も違ってきます。

 次に、自分を染める「色」を決めましょう。もしかしたら、服装に「ぼんやり、目立たない色」ばかり選んでいませんか? それでは「発色」など、とてもできません。あなたの顔がパッと明るく映える色をファッションに取り入れましょう。男性ならネクタイやチーフ、女性ならアクセサリーやスカーフに少しだけ入れるだけでも変わります。どんな色を選んだらいいか分からない人は、家族や同僚、ブティックの店員に聞けば、たいてい教えてくれます。こだわりたい人は「カラーアナリスト」という専門家もいますので、相談してみても良いでしょう。

 最後に、友禅染の特色である「糊で色や模様が混ざらないようにする」演出を試してみましょう。とはいっても、実際に糊を塗ることはできませんから、自分がいかに「ちょっとしたことに惑わされず、ブレない人間か」を演出するのです。

話し方を変えれば注目度もアップ!

 最もわかりやすいのは「話し方」でしょう。「どうせダメだ」と諦めている人は、いつのまにか歯切れなく、むにゃむにゃしゃべってしまうものです。そのままだと、いくら外観を整えても効果は出ません。今日から「クッキリ、ハッキリ、一言ひとことを区切って話す」ことを心掛けましょう。。

 アナウンサーや政治家の話し方をお手本にするとわかりやすいかもしれません。一言ずつ区切ってハキハキ話しているうちに、声が大きくなります。するとあなたの声で振り向く人が多くなります。その結果、あなたの言葉はより多くの人に届くことになります。あなたへの注目度は一段と高まるでしょう。

 まずはこれを一週間、やってみてください。そのうちきっと「自分もイケてるじゃん」と自信が出てくるはずです。さらに、地味でカッコ悪かった日々を知る周囲の人々には、変身したあなたがより輝いて見えることでしょう。「最高に美しく」見せるために、これまでの地味な日々が役立つのです。

 それでもなかなかできない人は、まさに今、最高に美しい姿を見せている友禅苑を訪ねてみてください。鮮やかさが際立つ様子を目の当たりにすると、とりあえず「一生損ばかり」なんていう考えは忘れてしまうはずですよ。





(写真協力/「京もよう」→ http://kyotomoyou.jp/
【参考文献】 ・京都産業大学日本文化研究所紀要「宮崎友禅翁と友禅染」(河原田康史) ・京都新聞「友禅苑」華頂山背に宮崎友禅にちなみ造園 (2002年10月2日記事) ・浄土宗総本山「知恩院」パンフレット「きものさんぽみち」ほか

(nikkei BP net 2015.11.24掲載)