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column 京都「人生がラク」になるイイ話

春日局はお江の一番の理解者?
「大奥」誕生に潜む“デマ”の極意【後編】

 とかく人は「噂」に惑わされるもの。しかし、真実は真逆ということもしばしば。時には「本当にそうだろうか……」と疑ってみることも大切です。昨日の「前編」に引き続き、「春日局」のエピソードを題材に、デマや噂の怖さについてお話しします。

お江は、お福を頼りにしていた?

 「跡継ぎを産む役割」を求められながらも20代で女の子ばかり5人も産んだお江。

 その後、お江は当時はもう“年増”と言われた31歳でようやく、竹千代(後の家光)を得ていますが、「初姫を産んでから、産み月が足りない」「竹千代はお江の子じゃない」と様々な憶測がいまだにささやかれており、その真実はわかりません。

 しかし、お江にしてみればたとえ自分が産んだ子じゃなくても、ようやく嫡男を得て、ホッとしたのではないでしょうか。そして、乳母になったお福に対しては、「どうか、この子を丈夫に育ててほしい」という素直な気持ちを持ったのではないかと思うのです。

 なぜなら、結婚して実に9年目、やっと嫡男に恵まれたのに(自分の子でないとしても)、その子が死んだら自分の立場がなくなるからです。

 しかも、竹千代が生まれた1604年は、豊臣秀吉が亡くなった1598年からすでに6年がたっています。1614年「大坂冬の陣」まではまだ10年あるとしても、お江の姉である淀君はすでに秀頼と大坂城にいて、徳川家康との間が徐々に冷え込んでいる時期にあたります。

 「もし、竹千代に何かあった場合、次に嫡男を産めなければ、私の立場は危うい」

 すでに三十路に入ったお江がそう思っても不思議ではありません。幸いにも2年後、次男の国松に恵まれましたが、幼子が病で亡くなることが珍しくなかった時代、「男の子が一人じゃ不安だ」という気持ちは強かったのではないかと思います。実際に、姉の淀君は、秀吉の長男・鶴松を病で失っています。天下人が待ち望んだ嫡男であり、これ以上ないと思うほど大切に育てられていたはずなのに、です。

 それだけに、乳母のお福を頼りにするのは道理ではないでしょうか。

春日局の供養塔

デマを見抜く秘訣とは

 さて、ここまで「実は春日局はお江と仲が良かった説」を深堀りしてきましたが、それが真実だとすれば、今日までなぜ、「険悪説」が真実だと伝えられてきたのでしょうか。映画やドラマに何度も描かれただけでなく、金戒光明寺の「お江」供養塔の説明板にも、将軍の跡目争いのエピソードが記されているのですから、驚きです。

 昨今の歴史専門家の研究により「このエピソードは作り話だ」という説が優勢になってきたことを考えると、さらに「作り話はコワい!」というしかありません。逆に考えれば、現代になって史料を詳しく読み解く技術ができたからこそ「これはデマだ」といえるのです。そうでない社会では、多くの人々が「へえ、そうなんだ」と関心を持つ作り話ほど、真実のように伝わっていくと考えればいいのではないでしょうか。

 特に春日局のエピソードは、身分制度の厳しい江戸時代に、ただの乳母でありながら女性としては最高権力者ともいえる将軍御台所と戦って勝ったという武勇伝ですから、なおさら人々の関心を集めたことでしょう。さらに女性の話にはブレーキをかける人も存在せず、秘められた大奥への関心も相まって、まことしやかに伝えられたと考えられます。

 お江も春日局も、あの世から呆れて見ているかもしれません。

私たちもデマに惑わされたらたまりませんね。そこで春日局のエピソードをヒントに、「デマに惑わされない3箇条」をまとめてみました。

デマに惑わされない3箇条

1:「書類」がない噂は信じないこと
 春日局のエピソードに真実味がないことは、「史料に記載がない」ことから有力とされたそうです。私たちも、「明確に記載された書類」がない限り、噂話を鵜呑みにしないよう気を付けましょう。

2:色気を帯びた噂は疑う
 春日局は女性であったことから、「徳川家康とできていた」とか「家康に直訴できた」とか、“色気ある”話が生まれた可能性があります。色気ある話は、どうにでも拡大できてしまう特徴があります。私たちも、まことしやかに流れる噂が色気を帯びていたら、疑いましょう。

3:誰が得をするのか確認する
 そもそも春日局のエピソードで誰が得をしたのでしょうか。それは将軍家と言って間違いないでしょう。少なくとも春日局の存在により大奥の権威は高まり、将軍家は戦国時代まで横行していた政略結婚による権力争いに終止符が打てたのです。

 私たちを惑わす噂も、誰が得をするのか見極める必要があります。たとえば「今度の人事であなたの部署が消滅するらしい。その証拠にあなたの上司、さっき常務に呼ばれたよ」なんて話を教えてくれた同僚がいるとします。あなたは、その話を鵜呑みにせず、まず「誰が得をするのか」考えてみましょう。それがもし、その同僚だったり、その部署や関係者だったりした場合、あなたはハメられているかもしれません。間違っても、不安のあまり騒いだりしてはいけません。

 最後に、春日局の辞世の句を紹介しましょう。

「西に入る 月を誘い 法をえて 今日ぞ火宅を逃れけるかな」

 そう、人生は「火宅(煩悩や苦しみに満ちたこの世を、火災に包まれた家に例えた仏語)」なのです。深いですね。あなたも火宅に焼かれて燃え尽きないよう、明るい新年度を迎えてください。



【参考資料】
 ・「金戒光明寺」パンフレット、公式サイト
 ・「歴史群像 徳川家と江戸時代」(宮本義己著/学研プラス)
 ・「誰も知らなかった江」(宮本義己著/毎日コミュニケーションズ) ほか

(nikkei BP net 2016.3.1掲載)