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column 京都「人生がラク」になるイイ話

トンデモ上司に立ち向かえ!
逆転大出世の和気清麻呂「イノシシ物語」

今度の上司、とんでもない!

 4月も終わりに近づき、新しい職場に慣れてきた今日この頃、落ち着いたのならいいのですが、なかには新しい上司と馴染めず「今度の上司、とんでもない!」とストレスを抱えている人も多いのではないでしょうか。

 そこで今回は、奈良時代の女帝・称徳天皇(孝謙天皇と同一人物※)と二頭政治を行っていた僧・道鏡の命令に従わず、命を狙われても屈せず、ついに逆転大出世を果たした和気清麻呂(わけのきよまろ)のエピソードから、とんでもない上司(トンデモ上司)にはどう接したらいいのか、ポイントを深掘りしたいと思います。

 清麻  和気清麻呂といえば戦前の旧十円札に肖像が印刷されたほどのヒーローで、京都御所の蛤御門前には彼を祭った護王神社が鎮座しています。彼は最高権威の命令に従わなかったばかりか、それをチャンスに変えて大出世を遂げ、“神様”にまでなった人なのです。

 どうしてそんな神業ができたのでしょうか。早速、数々の史料からエピソードをひもといてみました。

※第46代孝謙天皇と第48代称徳天皇は同じ人物で女帝。孝謙天皇が第47代淳仁天皇に皇位を譲り上皇になったとき、権力を持っていた藤原仲麻呂がクーデターを起こしたため(藤原仲麻呂の乱)、孝謙上皇が制圧し、再び第48代称徳天皇の名で皇位についた。

猪がいっぱいの護王神社

天皇から命じられた、とんでもない無理難題

護王神社の和気清麻呂像

 話は約1200年前、奈良時代の769年(神護景雲3年)までさかのぼります。下級貴族だった和気清麻呂は称徳天皇から、宇佐八幡宮の神様から神託(神様のお告げ)をいただいてくるように命じられました。神託の内容は、天皇が寵愛していた僧の道鏡を皇位につけるという、とんでもないものでした。

 もちろん道鏡は皇族ではありません。命令に従えば、神武天皇から1400年以上続いてきた皇族による皇位継承をストップして、“史上初の民間天皇”を生むことになります。周囲はさぞ慌てたことでしょう。

 当の和気清麻呂も驚いたと思います。しかも、そもそもこの命令、最初は天皇の側近として仕えていた姉の和気広虫が命じられたものでした。それが女性の広虫には九州までの長旅は耐えられないだろうという理由で、弟である清麻呂にお鉢が回ってきたのです。もしかしたら姉の広虫も戸惑って、「ねえ、なんとかしてくれない? このままだと大変なことになるから」と弟に託したのかもしれません。

 なぜこんな、とんでもない命令が下されたのか、背景をご説明しましょう。

 このころ称徳天皇は、寵愛していた道鏡と二頭体制で政治を行っていました。称徳天皇は生涯独身で子供がなく、孝謙上皇時代にいったん譲位した淳仁天皇と争ったこともあり「皇太子はふさわしい人物が現れるまで決められない」と定めて“愛する”道鏡と二人で政治を行っていたのです。

 そんな中、水面下で「道鏡を皇位につかせる」という計画が進んでいました。宇佐八幡宮の神様に神託をいただく話は、もともと道鏡の弟にあたる習宜阿曾麻呂(すげのあさまろ)が、「道鏡を皇位につかせたなら天下は安泰である」という神託を宇佐八幡宮の神様からいただいたと天皇へ報告したことから始まっていました。天皇はこれを確認するために、和気清麻呂を宇佐八幡宮へ派遣したのです。

 ちなみに道鏡については、女帝である称徳天皇に寵愛されていたことから「日本霊異記」や「古事談」などでおもしろおかしく揶揄(やゆ)されています。たとえば江戸時代には、こんな川柳も詠まれました。

『道鏡は、すわるとひざが 三つでき』

 道鏡は、女性を思い通りに操るほどの「巨根」を持っていたというのです。私は同じ女性として、そんな風に思われていた称徳天皇に同情してしまいますが、孝謙天皇時代からの経緯を考えると、心から道鏡を頼っていたであろうことは否定できません。

 また、もし本当に、道鏡がそんな称徳天皇の心を利用して皇位を狙っていたとしたら、とんでもない悪人といえるでしょう。

道鏡を天皇にしてはいけない!

 一方、和気清麻呂にしてみれば最高権威を持つ上司から大役を命じられたことになります。その上、道鏡からは「良い返事をもって帰れば、貴公に高位高官を与えよう」とまで言われたというのですから、「もしかしたら、これってチャンスかも」と思っても不思議ではありません。

 しかし清麻呂は、まったく逆の結果を持って帰りました。宇佐八幡宮の神より位の高い大神より次のように神託を授かったと、称徳天皇に報告したのです。

天の日継は必ず帝の氏を継がしめむ。無道の人は宜しく早く掃い除くべし
(天皇には必ず皇族をたてなさい。無道=そうではない人=道鏡は、早く掃い除くべし)

 これを聞いた称徳天皇は怒って、和気清麻呂と姉の広虫を次のような“変な名前”にして流罪に処してしまいました。

・和気清麻呂 ⇒ 別部穢麻呂(わけべのきたなまろ)
・広虫    ⇒ 別部広虫売(わけべのひろむしめ)

 称徳天皇は以前から、自分に反抗した者を変な名前に改名させていたというのですから、かなり変わった性格の天皇だったようです。清麿呂と広虫を改名させたということは、天皇も道鏡を皇位につけたかったと解釈すべきでしょう。

 つまりこの時代、日本には、とんでもないトップが2人もいたことになります。

 とにかく、和気清麻呂が「道鏡を皇位につけてはならない」という宇佐八幡宮の神託を持ち帰ったことで、道鏡は皇位につくことはできなくなりました。周囲はさぞホッとしたことでしょう。清麿呂を高く評価し、感謝したに違いありません。

清麻呂は足腰の神様、姉の広虫は子育ての神様に。

和気清麻呂の出世は約束されていた?意味深なイノシシ物語

 一方、道鏡は野望をくじかれたことで、清麿呂を恨んだようです。そして清麿呂が流罪で大隅国(現在の鹿児島県)へ向かうとき、清麻呂の足の腱を切って立てなくした上で、刺客を放ちました。

 本来ならこれで命はなかったはずです。しかし清麿呂は不思議なファンタジーとともに、さらに大きな存在へと上り詰めていくのです。

和気清麻呂は大隅国へ向かう途中、皇室を守った神様にお礼を言うために、宇佐八幡宮に立ち寄ることにした。すると、豊前国(今の福岡県東部)に差しかかったころ、どこからか300頭ものイノシシが現れ、清麻呂が乗った輿を囲み、道鏡が放った刺客から守りながら、宇佐八幡宮までの道のりを案内した。そして清麻呂が宇佐八幡宮で参拝を終えると、イノシシたちは去っていき、清麻呂の足はすっかり治っていた。(護王神社 説明看板・公式サイトより抜粋)

 このファンタジーがどのような経緯で紡がれたのか、どの史料にも記載はありませんが、もしかしたら本当は、清麻呂の傷を治し、刺客から守った人々が存在していたのではないでしょうか。それがもし宮廷から派遣された人たちなら、称徳天皇と道鏡には決して知られてはならないことになります。だからファンタジーにして、清麻呂が蘇ったことにしたと考えれば辻褄があいます。

 もし、この推理が正しければ、清麻呂はこの時点で宮廷から高く評価され、守られていたことになります。つまり清麿呂の出世は約束されていたのです。

護王神社に伝わる「イノシシ物語」

天皇の崩御後、大出世!

 一方、称徳天皇は、清麻呂が神託を持ち帰った2カ月後の同年(769年)10月に詔を発し、皇族や大臣らに対して「みだりに皇位を求めてはならない。皇位継承者は聖武天皇の意向にそって自ら(現天皇)が決めること」と表明し、翌年の770年3月に発病、8月に崩御しています。

 このスピード崩御の裏に何があるのか、つい想像をたくましくしてしまいますが、史料には何の記録も見つかりません。明確に記録されているのは、称徳天皇の崩御によって道鏡は権力をなくして失脚し、天智天皇の血を継ぐ白壁王(光仁天皇)が新しい天皇に決まったこと。この決定も表向きは「称徳天皇の偉詔」とされていますが、実際には大臣たちが仕組んだという説もあります。

 こうして称徳天皇と道鏡がいなくなると、和気清麻呂はすぐに京に呼び戻され、どんどん出世していきます。そして10年ほどたった頃、桓武天皇の側近となって平安京遷都を提案し、みずから平安京造営事業の指揮を執って、その後1000年以上続く平安京を作り上げたのです。

護王神社の手水桶にもイノシシが!

トンデモ上司に立ち向かうポイント

 この和気清麻呂のエピソードは、トンデモ上司に悩んでいる私たちにも良い教訓を与えてくれます。試しに清麿呂になったつもりで、トンデモ上司との会話をシミュレーションしてみましょう。

上司:おい、今度のプロジェクトについて、海外におられる創業者の会長の承認をもらってきてくれ。社運をかけたプロジェクトだけにカリスマ創業者の承認が必要だ。社長と根回しをしておいたから、すぐにもらえるはずだ。

あなた:えっ、あのプロジェクトを実行するのですか? そんなことしたら当社のCSRに反しますし、マスコミからもたたかれるかもしれません。それでもいいのですか?

上司:いいんだ。それよりこのプロジェクトで私は次期社長になる。そうしたら君を役員にしてやる。君にとっても良いチャンスじゃないか。さあ、行ってきなさい。
あなた:わかりました。とりあえず行ってきます。

 あなたは会長に会うために海外へ行き、会長にプロジェクトのリスクを説明しました。そして承認とは逆に、プロジェクトを止めて責任者を引退させるよう命じた会長直筆の命令書をもらうことに成功しました。そして早速、社長と上司に報告に行きました。

あなた:会長は、今度のプロジェクトはリスクが大きすぎるという理由で承認されませんでした。またこのプロジェクトを進めた責任者は即刻、退社するよう命じられました。

上司:そんなはずはない。君の作り話だろう。

あなた:いいえ、ここに会長直筆の命令書もあります。

上司:もういい、君はクビだ! 明日から出社しなくていい。

 上司は社長と組んで、あなたを懲戒解雇にしようとしました。しかし、同僚たちも「会社を今の社長と上司の思い通りにさせてはいけない」と思っていたので、カリスマ創業者の会長を説得したあなたに感謝して、懲戒解雇されないように計らいました。

 それでもまだ、社長と上司は権力をもっているので悟られてはなりません。そこでこんな話を報告することにしました。

あなたはクビになって故郷に帰ろうとしたけれど、その前にお世話になった会長に退社の挨拶をしようと海外に飛んだ。すると会長から海外のビッグクライアントを紹介された。そのクライアントはあなたを見込んで、大きな利益を生むビッグプロジェクトを発注すると言いだした。だから会社はあなたを懲戒解雇できなくなった。

 実際には、そのプロジェクトはすでに決まっていたのですが、同僚たちがあなたを救うために、会長から紹介されたという話にして報告したのでした。

 その話を聞いて社長は会長の命令に従って引退し、社長に取り入っていたトンデモ上司も力を失くして退社に追い込まれました。あなたは会社の危機を救った功労者として役員に抜擢され、ますます活躍することになりました。

 いかがですか? 和気清麻呂の教えは、現代に置き換えてみると明確になります。

 そうです。トンデモ上司の無茶ぶりに頭を痛めているのは、あなただけではないということです。だから社内の信頼を高めることで、上司を追い詰めることも不可能ではなくなるのです。そしてイザという時のために“上司の上司”にも積極的に接触して、日ごろの無茶ぶりをささやいておきましょう。きっとイノシシのように、あなたを守ってくれますよ。



【参考資料】
 ・京都御所西「護王神社」パンフレット 公式サイト
 ・和気清麻呂(平野邦雄/吉川弘文館人物叢書)
 ・女帝と道鏡(北山茂夫/講談社学術文庫)など

(nikkei BP net 2016.4.25掲載)